少し前の事になりますが、 終戦記念日(敗戦記念日)を過ぎた頃、 偶然立ち寄った本屋で、 『南京事件の真相』を手に取りました。 祖父が亡くなって初めての夏という事も 影響していたかもしれませんが、 今まで読もうと思った事のなかった種類の本。「南京大虐殺」肯定派の方々の意見に対して反論をする形で 「南京大虐殺」という事柄自体が 作り事である事が多方面から立証されています。 読んでみて、考える事は多くありましたが、 しかし、「南京」での出来事がでっちあげだとしたら、 単純な話、なんで教科書に載ってるんですかね? しかも、かなりカタクナに表記が死守されてますよね。 沖縄戦の集団自決の中の、「日本軍が強要した」って 一文はあっさり来年度から削除されることになったのに・・・。 国外で(それが嘘でも)やったことは全部反省して、 国内でやった事は本当でもなかったことに、ってことでしょうか。 どう考えても理屈がよくわかりません。 どっかの大国の偉い人の命令ですか? ともあれ、読後の感想としては まず第一に、今度はキチンと肯定派の本を 読んでみなければ、と思った事です。 僕はそうして流された「南京大虐殺」を既成事実として 受け入れてきたけれど、一冊の本を読んだだけで 「そんなもんなかった」って周りに言うのでは、 何も変わっていないと思うから。 嘘を教えられて、それを信じるだけなら 自分が損をすればいいかもしれませんが、 それを誰かに伝えたら、それはその嘘に 誰かを巻き込む事になります。 その連鎖は極力さけなければ。 高校生の頃、一人の教師に 「新聞は信用しちゃいけませんよ。 受験に出るから朝日は読んだ方が良いけど」 と言われた時、ビックリしました。 思わず「じゃあ何を信じたらいいんすか?」と聞いたら、 「信じられる物なんて、疑って、調べて、証明して、 自分で作りなさい。その為に勉強してるんだから」 と答えが返ってきました。 「だから僕が教えてる事も嘘かもよ」と最後に笑顔を添えて。 マスメディアの情報を疑う事は、かなり難しいです。 例えば、「南京大虐殺」なんて、祖父が青年だった頃の話。 つまりは、100年も経ってない時の話なのに、 もう結局もホントのことがわからない。 色んな権力者の利害が後押しして、 たくさんの違った既成事実が発表されて、 それを発表した人はもうほとんど生きていなくて、 ホントのことって奴はほぼ闇の中です。 100%の説得力を持った証拠はきっと表には でてこないでしょう。 もう、戦国武将の肖像画が本人に似てる、似てない、 って話を同じレベルまで調べようがなくなりつつある。 それを避けるには、個人レベルで 情報を監視しなくては、というか 疑う気持ちを持たなくては。 ほとんどのメディアが流す情報は、 ○○と○○が熱愛!ってレベルも含めて 何の検証もなしに2時利用されている情報です。 とてもとても大変で疲れる作業ですが、 一人一人がそれぞれのスタイルで監視する努力は あっていいと思います。 ちなみにこうしてブログを書く事も、 そのスタイルの一つ。 |
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