3ヶ月ほど前の話を。 いつものようにオーバーヒート気味の 出来の悪い脳みそを休ませるために 会社のとなりの公園に足を向けた時のこと。
もう時間は22時をまわっていて、 公園は頼りない電灯が照らすばかりの明るさでした。
しばらくボンヤリとベンチに座っていると、 一人の若い男性が公園に入ってきました。 ルーズなシャツにジーンズ。 頭には斜めにかぶったベースボールキャップ。 手には大きめの紙袋が一つ。
その彼が電灯が照らす ピンク色の女子トイレの前を横切ろうとした時、 あたりの空気がいっぺんしました。
遅れて公園に入ってきたスーツ姿の5人の男が、 音もなく彼に躍りかかったのです。
あっけにとられているうちに、 彼は3人の男に女子トイレの個室に押し込まれ、 入り口には二人の男が見張りに立ちました。
くぐもった低い会話で聞き取れた声は多くはありません。 「全部わかってるんだ」 「黙って出せ」 そして、震えを隠さない、 「見逃してください、助けてください」
暗闇に薄く見える見張りの男の目は、 鋭く冷たいものでした。
混乱する頭の中に浮かんだ答えは、 刑事、運び屋、薬、逮捕。
会社に戻って、同僚にその話をしました。 誰かがつかまる、人生が台無しになる一コマを 見てしまってなんだか怖かった、吐き気がしたという風に。
しかし、同僚が暗い目をして言いました。
「この辺りにはヤクザの事務所がある。 その若い男を取り囲んだのは、 刑事たちでなく、ヤクザだったんじゃないか」
僕は、誰かが逮捕される瞬間ではなく、 本当の意味で人が闇に引きずり込まれる場面に 出会ってしまったのかもしれません。
彼に「助けてください」と言わせたものが、 刑事であれ、ヤクザであれ、 この東京では、こんな風に、 いつもどこかで 圧倒的な暴力や権力に 誰かの人生が終わらされている。
その想像が心を闇でいっぱいにしたその後で、 僕の体は、さっきまでの心地の悪さを思い出せなくなるほど、 ただ冷たく、重くなっていきました。
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