先日とある場所で手に取った『Men's FUDGE』のバックナンバー。
そこに友人の姿があり、小さなコメントの枠があった。
自分がいて、誰かがいて。
自分が誰かを意識して、何かを発信するとき、それは表現になる。
だけれど、自分はただ自分が着たいものを着ているだけなんです、と。
他の誰かが口にすれば、それほど心に残る言葉ではなかったのだろうけれど、
それは新鮮な驚きでした。
きっと、人より強い感受性と想像力を抱えた体の中で、
何かと出会うたびにフル回転して、その意味をつかもうとしてきた大脳。
それを多くは口にせずに日々を送ってきたように見えた彼は、
今俳優をしています。
濃密な時間ばかりを過ごしてきたわけではないけれど、
それなりに色々な顔を見てきたはずの友人。
あぁ、あの頭の中でこんなことを思っていたのか、と
少し心がざわつくのと同時に、
やっぱり表現ができる場所に立ったことは正しかったのだな、と
無責任に納得しみたりしました。
K。かんばって。
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