大学生の頃の旅の話を、また一つ。
シンガポールからクアラルンプールへ向かう国際列車の中、
ひどいスコールが窓を叩く音を聞きながら、
僕はいくらか年上のイラク人グループと他愛のない会話をしていました。
その中で僕はイラクがどんなところか聞いたのです。
たぶん、まだサダム・フセインが君主として権力をふるう
湾岸エリアというニュアンスで。
それに対して、一人の男性が言いました。
「湾岸戦争以来、本当にたくさんその質問をされてきたよ。
いくらかうんざりするくらいね。
そして、いつからか僕は決まった答えを伝えるようになったんだ。
答えはこうだよ。あなたの国と同じように、
たくさんの善良な人たちと、少しの悪い奴らが住んでいるところさ」
あのとき自分が感じたものを忘れてはいけない、と思うのです。
例えば今、農薬入り餃子の被害が起きて、
中国への不信感はピークに達しようとしています。
死者が出ていないことが不幸中の幸いを思えるくらい危険な事件でした。
怒らない方が不思議だし、僕自身もう中国産の食材は一切買っていません。
しかし、中国はとんでもない国だ、と言い切る寸前で心にブレーキをかけています。
ブレーキをかけさせるのは、あのイラク人の言葉です。
餃子に毒が入れられた経緯やルートはわかりません。
けれど中国も、きっとこの日本と同じように、
たくさんの善良な人たちと、少しの悪い奴らが住んでいるところ。
これはきっと間違いのないことだと思う。
そして、彼の言葉が胸にある限り、
極端な報道に流されないでいられているような気がします。
誰のか口から聞いた生の、魂からの声は、
時に巨大なメディアのプロパガンダもやっつけます。
その事実をサダムの罪に汚された気高いムスリムは教えてくれました。
おやすみなさい。素敵な夢を。
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