まだ会ったこともない人の一番好きな本、たぶん。
伊坂幸太郎さんのデビュー作『オーデュボンの祈り』。
伊坂さんの作品は比較的新しいモノから読み始めていたから、
色々な意味で新鮮な印象を受けました。
例えば、いい意味で村上春樹さんの小説に似ているな、とか。
実はこれはほとんど感じることのない印象なんです。
現実として語られながら、半歩日常から足を踏み外すことで
初めて見えてくる純粋で、優しくて、残酷で、奇妙な世界。
例えば、いつもの帰り道に、見知らぬ路地を見つけて、
そこに足を踏み入れる。
隣の曲がり角を曲がれば、いつも友人と訪れるお店があるのに、
その裏には「ずっとあなたを待っていた」と語りかけてくる、
不思議な老人が待つ空間がある。
こんな風に物語を紡ぎ出すのは簡単だけれど、
その世界を持続するには、大きな想像力と、綿密な計算が必要で。
奇妙な世界を違和感なく、
もしかしたら違和感を感じさせながら、持続させる力。
そこに「再生」という温かさを生み出す才能。
それこそが、現代最高の作家とも言われる村上春樹さんの神髄なら、
デビュー作でそれを成し遂げた伊坂幸太郎さんにも
きっと同じような才能があるのでしょうね。
ちなみに、読者にページをめくらせる力が全然違った種類だから、
村上春樹さんが苦手という人でも、きっと大丈夫。
どちらが正解なんてないけれど、伊坂さんの方がやわらかいです。
誰にも知られず浮かぶ不思議な島に住む人々は
100年以上の間、島に足りない何かを待つともなく待って、
そこに導かれた強くも弱くもない一人の男性は、
巡り会う偶然と向き合いながら、約束の丘を目指します。
心やさしき人々の不器用な祈りは、
どんな形で、どこに向かって届くのか。
「誰にも止めることはできない」なんて言わないで、
そこにある手を握ることで、変わる何か。
これから始まる春に読むには、きっとピッタリの一冊。
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